「・・・君」
「あ、はい」
一条さんが出張中なので初めてひとりで出席した会議が終わり、思わず伸びをした瞬間・・・今日の会議の司会進行をしていた榊部長に声をかけられた。
「何でしょう、部長」
「本日のプレゼンだが・・・」
眉間に皺を寄せた部長がおもむろに私の作った資料をめくりだしたので、思わず体が硬直した。
また誤字があったのかな、それともあまりに稚拙な出来だったから呆れられたのかな・・・それとも一条さんがいないと全然駄目とかそういう話かな。
どんどん嫌な方向へ考えが進む中、部長が口にしたのは予想外の言葉だった。
「大変落ち着いたプレゼンの上、資料も良くまとめられていた」
「・・・え?」
「特にここに前年比とのグラフを加えた事で、この商品にこれを使用する事が明確化されている」
「・・・」
「今回は一条君が出張という事で随分頑張っていたようだが・・・それらが今日のプレゼンに現れていたと言えるな」
「部長・・・」
「良く頑張った」
柔らかな笑みを浮かべそう言ってくれた部長の言葉が嬉しくて思わず泣きそうになったのを必死に堪えて頭を下げる。
「ありがとうございます!」
「これからもこの調子で頑張ってくれ。ところで・・・」
「はい?」
突然周囲をきょろきょろ見回し、ひとつ咳払いをしてから部長がチラリと私を見た。
「最近残業続きだが、今日も・・・その、残業するのか?」
「今日ですか?」
今日は週末だし、プレゼンも問題なく終わったから一条さんへの報告書を書いたら帰ろうと思ってたんだよね。
自分へのご褒美にケーキ買っちゃおうかなぁとも思ってたし。
何だろう?何か急ぎの仕事でも入ったのかな?
「一応今日は報告書を書き上げたら退社する予定でしたけど・・・何かお手伝いする事がありますか?」
「いや・・・実は・・・昨夜友人から牡蠣が送られて来てね」
「は?牡蠣?」
何でプレゼンを褒められた後に、突然食べ物の牡蠣が出てくるんだ?
不思議に思っていたけれど、目の前の部長はいつもと同じ、ひどくまじめな顔をしていたから何となく尋ねる事が出来ずそのまま話を聞いていた。
「まだ殻がついたままの新鮮な状態だったのだが、どう調理していいものか分からず取り敢えず箱からは出したのだが・・・」
少し恥ずかしそうに視線を逸らした部長の耳が赤い事に気付いて、思わず頬が緩んだ。
「部長は牡蠣お好きなんですか?」
「私か?・・・そうだな、この時期の牡蠣は美味いからな」
「じゃぁ・・・」
一応周囲を見渡して誰もいないのを確認すると、小さな声でそっと部長に囁いた。
「誠司さんのお家で牡蠣のフルコース作って、お帰り待っててもいいですか?」
「君!会社では・・・」
「部長ほうが声、大きいですよ?」
「す、すまん・・・」
私よりもずっと年上なのに、こんなちょっとした事で赤くなる部長って何だか可愛い。
そんな事私が思っているなんて知らない部長は困ったようにため息をついた。
「全く・・・君にはいつも驚かされてばかりだ」
「そうですか?」
「あぁ、いつも私を驚かせてくれるよ。勿論、嬉しい意味でね」
そう言いながら部長がポケットから家の鍵を取り出し、私の目の前に置いた。
「今日は就業後に会議がひとつ入っているが、長引く事はないだろう」
「じゃぁ私は報告書を仕上げたら、買い物をして先に帰りますね」
「牡蠣は届いたまま、冷蔵庫の中に入れてある」
「分かりました」
鍵を受け取り、失くさないようポケットに入れ一度ポンッと叩く。
そしてそのままじっと誠司さんの目を見つめ、さり気なく尋ねる。
「・・・鍵を貸してくれたって事は、今日泊まっていいって事ですよね?」
「君次第だよ」
「私は勿論そのつもりですけど?」
「全く・・・いけない子だな、君は」
ポンッと頭を軽く叩いてから、先に部屋を出ようとした部長の後を慌てて追いかけ袖を掴む。
「そんな子にしたのは部長ですよ?」
「・・・そうだったな」
こんな風に苦笑する部長の姿を見られるのは、きっと私だけ。
扉に手をかけた部長の広い背中に一度だけ、コツンと額を当てる。
近くの席に座っているけれど、いつもは手を伸ばせない・・・背中。
「早く帰ってきて下さいね?」
「あぁ」
ゆっくり離れると同時に扉が開き、何事もなかったかのように二人でエレベーターホールへ向かう。
「君」
「はい?」
不意に私が作った資料が渡されて、それを部長が指差した。
「一条君に渡す前に、チェックしてある部分を再度入力し直してからコピーした方がいい」
「・・・え?」
「誤字が3箇所、脱字が1箇所あった」
「・・・」
「まとめる事に関しては言う事はないが、細かな文章の見直しを再度徹底しなさい」
「は、はい」
二人っきりの時は、ちょっとした事にも照れる誠司さん。
でも、社内に戻ればいつもの厳しい部長の顔に早代わり。
あーあ、いつか誠司さんを言い負かして、部長に何も言われない資料を作成する日が・・・来るといいなぁ。
「君、乗らないのか?」
「あ、の、乗ります!!」
ボタンを押してドアを開けて待っててくれた尊敬できる上司兼何より大好きなあの人の元へ向かう。
ボタンを押している手を掴むのは、アフターファイブまで・・・おあずけ、か。
アフター5シリーズ第二弾は予告したとおり部長です。
本当は部長が第一弾になるはずだったんですが、一条さんが持ってっちゃったんですよね(笑)
取り敢えず、無事書き上げたからね!Mさん!!これでいい?(笑)
という訳で、実はこのシリーズMさんのリクエストがなければ書く事がなかったんですねぇ(苦笑)
部長の所に牡蠣が届いている時点で、これを書いていた時期がバレますよね?
えぇ、皆様が思うとおり・・・冬です(確か2月頃だったかなぁ?)
牡蠣が届いて、それをキチンと取り出して冷蔵庫へしまう辺りが部長の性格を表している気がするのは私だけですか?
ちなみに会社で名前を呼ばれて照れる部長が可愛く見えてしょうがありません(笑)
えーっと・・・第三弾は、緒方さんにしたいなぁと思っています。
えぇ、思ってますよ・・・頑張ろうと(苦笑)←この辺で書いてないってのがバレバレ。